今日の原子核理論

今日も夕方から合同ミーティングだったのだが,上妻グループからZeeman slowerの設計について報告があった後,向山グループからは突然,原子核理論入門セミナーが始まってしまった.お題は「原子物理屋のための原子物理入門」で,目標は「39Kの核スピンが I=3/2 で40Kが I=4 なのはなぜか?」への答.(素粒子,高エネルギー物理専門ではなく)量子現象を見ている物理学者は普段は個々の原子の特性は与えられたものとして扱うが,たまにはその1段下のレイヤーに降りて特性が決定される機構に目をやろうじゃないの,という趣向らしい.以下,レジュメの要約(なんじゃそりゃ

殻モデル

とりあえず,ある核子(陽子と中性子)の動きを,平均場近似により
\large \left[ -\frac{\hbar^2}{2M}\Delta + U(r) - \frac{\kappa}{(Mc)^2}\frac{1}{r}\frac{dU}{dr}(\mathbf{s}\cdot\mathbf{l}) \right]\phi = E\phi
に従うものとする.ここでκのかかった項はスピン・軌道相互作用で,これを入れておかないと重要な性質(マジックナンバー)が出てこないのだとか.そしてポテンシャルUとして,調和ポテンシャルに似ているが一定距離を過ぎると一定値を取るようなものを採って計算すると,原子内の電子のごとき「殻」が現れる.
しかしこの「殻」は,κを十分に大きくして初めて現実に適合する.すなわちマジックナンバー: 「陽子数 Z and/or 中性子数 N が 2, 8, 20, 28, 50, 82, 126, ... となる原子核は安定」という経験則は,κのかかった相互作用項によるsplittingによってある「軌道」のエネルギー準位が上下の「軌道」のエネルギー準位と入れ替わることで説明される.

なお1pとかいうのは,結局は電子の見慣れた殻構造とは別物なんだってことでよろしく.

対相互作用

以上のようにマジックナンバーをきちんと再現するような「殻」構造を元に,具体的な核スピンの値を定める(よう努力する).ここで重要なのは「対相互作用」で,陽子は陽子同士,中性子中性子同士でスピン上下の「対」を作り,そのような対単位で「軌道」を埋めてゆくものとするとかなり上手く行く.n 番目の核子角運動量 \mathbf{j}_n \equiv \mathbf{s}_n + \mathbf{l}_n\mathbf{j}_{n+1} とが打ち消し合うため,Z と N とが共に偶数の原子核では核スピンは例外なく I=0 となる.40Ca (Z=20, N=20) は「ダブルマジックナンバー」に当てはまり,実際に非常に安定なのだが,これは殻モデルが見事に説明してくれる.
また N のみが偶数で Z が奇数のときは,対を作れない「最外殻」の価電子ならぬ「価陽子」の角運動量 j が核スピンの値となる: I = j.これは N と Z を入れ替えても同じ.これには39K (Z=19, N=20) が当てはまる.ただしなにぶん複雑な世界のこと,例外が散見されるようだ.
難しいのはN, Z共に奇数の場合で,このとき殻モデルでは十分な予測ができない.対を作らなかった陽子と中性子とがどのような振る舞いをするかは微妙だからだ.特に N=Z=奇数 の場合が難しい.なぜなら「陽子/中性子の区別」を表すアイソスピン T という物理量とPauliの排他律を組み合わせることでせめて I の値を絞る手段もあるのだが(T+I=奇数), N=Z のときは T=0 と T=1 の場合でエネルギーがほとんど縮退しており,上述の絞りが役立たないからだ.運悪く,我々の実験で重要なアルカリ金属アルカリ土類金属はこういうのが多く, 6Li (Z=N=3) と38K (Z=N=19) 等が当てはまる.てな訳で当初の目標は達成できないことが示されてしまった.

参考書は 野上,原子核,基礎物理学選書,裳華房 だった.
読者様の中に素粒子原子核の方,もしくはそのような方をご友人にお持ちの方はいらっしゃいませんか? いらっしゃいましたら,もう一段階だけ予言力の強い核スピンの求め方についてご教示ください.いや,そりゃ適当な本に当たれば書いてあるのかも知れませんが,難しいことって大変じゃありませんか(ぉぃ