サプレッサーT細胞

ふと知ったんだが,今では間違いとされているだなんて... 小さい頃に読んだあれこれは一体 何だったんだ.生物学は油断がならないなぁ.

しばらく前、私が卒業して免疫の勉強をしていた頃、免疫学ではサプレッサーT細胞というのが流行していた時代があり、 ほんの2-3年前までは教科書にもCD8陽性T細胞はサプレッサーT細胞である、と書いてありました。 いまでも日本の教科書の中にはそんな記述があるものがあります。 これは抗原特異的な抑制性T細胞として提示されていた概念なのですが、 その特異性を規定する遺伝子が存在する、とされていた染色体の領域はせますぎて、 とてもT細胞抗原受容体のような多くの特異性を生み出すことはできないことがはっきりしてから、 サプレッサーT細胞というものの存在そのものがないことになり、 まったくすたれてしまいました。

今は免疫学の雑誌にサプレッサーT細胞の論文は全く現れません。 それまではサプレッサーT細胞の論文はNatureにもたくさんでており、 現在免疫学会の重鎮となっている方数人も論文を書いておられます。 これらの論文はデータが間違っているか、解釈が違っているか、どちらにしろ間違いなのです。

このしばらく後で,きわめてショッキングな報告が為されました.1981年,もともと I-J 分子の存在を示唆した系統のマウスの遺伝子を比べても,予想された位置に遺伝子配列の違いがないことが明らかにされたのです.この頃から,それまでのサプレッサーT細胞研究の隆盛は跡形もなくなりました.1983年,セントルイスで Ir Gene ワークショップが開催され,久しぶりで多田先生にお目に掛かったのですが,非常にお疲れの様子だったのを憶えています.このワークショップのポスターには H-2 領域の I-J 亜領域が半分欠けている図が用いられ,時勢をきわめて象徴的に表していました.それまでサプレッサーT細胞の解析に関わっていた研究者たちは I-J 分子の存在が疑問視されると,たちまちサプレッサーT細胞の研究から離れ,サプレッサーT細胞の存在すら疑問視するようになり,さらに,サプレッサーということばを口にすることさえタブーになったのです.サプレッサー研究の冬の時代の到来です.

これと相前後しますが,NIH での研究期間に,Kimoto-Fathman の方法でヘルパーT細胞クローンを樹立してT-B細胞間相互作用におけるMHC拘束の解析をしていたときに,マウスからとりだした脾細胞をきわめて早期にクローニングすることにより,サプレッサー機能をもつ,抗原特異的なLyt-1+2- (CD4+8-) の細胞株が得られることを見いだしました.1981年のことです.この細胞の抑制機序にはI-J領域の拘束がなく,これまで記載されてきたサプレッサーとはまったく異なる新しいタイプのサプレッサーT細胞だと考えました. ...

サプレッサーT細胞の発見から30年,CD4サプレッサーT細胞クローンの樹立からでも20年経った現在,冬の時代を越えて,CD4+CD25+サプレッサーT細胞の研究が,爆発的に展開されています. ...

下の方は特集の寄稿者に「サプレッサーT細胞」発見者の多田富雄を迎えていることから判断するに,支持者の陣営に属するようだ.どうも「レギュラトリーT細胞」と呼ばれるやつは「新しいタイプのサプレッサーT細胞」と言うより全く別の存在であるというのが主流の論調らしい.